不妊治療の今 ~より身近なものへ

 現在、日本では不妊の治療や検査を受ける夫婦が約4.4組に1組で、日本の新生児の10人に1人は生殖補助医療で生まれた子どもです(2022年)。この割合は年々増えており、現状のまま推移すれば、これからも増加すると予想されています。

生殖補助医療による出生児数と全出生児に占める割合

公益社団法人日本産科婦人科学会「ARTデータブック(2022年)」、厚生労働省「令和4年(2022)人口動態統計(確定数)」および政府広報オンライン「不妊治療、社会全体で理解を深めましょう」を参考に作成

 不妊治療は2022年4月、保険適用の範囲が拡大され、これまで高額だった体外受精等を含め基本治療が年齢制限はあるものの保険で受けられるようになり、より身近なものになりました。不妊症は、決して特別な問題ではなく、多くのカップルがかかわるものになっています。
 保険で不妊治療を受ける時は、カップル2人の署名がある「治療計画書」を、治療をおこなう医療機関へ提出することが義務付けられています。治療計画書とは、医師が、不妊の原因、治療歴、今後の治療方法などを詳細に記した文書です。
 カップルは一緒に医師の説明を聞き、プランに納得できたら、2人で署名して、医療機関へ提出します。2人そろっての来院がどうしても難しい場合は、オンラインで説明を聞き、後日、署名した書類を持参するという方法をとられている施設もあります。
 保険適用により、不妊治療への男女のかかわり方が変化してきています。

 不妊治療を開始する前に大切なことは、男性と女性がしっかりと話し合うことです。不妊は、これまで「女性の悩み」だと考えられてきました。しかし、今ではそれは大きな誤解だったことが医学的にわかっています。不妊の原因は男女のどちらにも見つかる可能性がありますし、男性の生活習慣が精子の受精能だけではなく、生まれてくる子どもの健康にも影響することもわかっています。ですから、治療を進めるためには、2人で受診し、必要な検査を受けて、そのカップルに合った作戦を立てることが必要なのです。

不妊治療の種類と費用

 不妊治療の費用は、治療方法やカップルのその時の状況によって大きく異なります。

種類

タイミング療法

 女性が排卵する時期を超音波検査や尿検査などで予想し、妊娠の確率が最も高いタイミングに性生活を合わせます。
 性生活の日が決まってしまうので、男性がプレッシャーを感じてしまうかもしれません。その場合は、次の人工授精に進むのも一つの方法です。
費用:保険適用で五千円程度。追加で排卵を促す薬や検査が必要になる場合もあります。

人工授精

 男性から採取した精液を良好な状態の精子が多く含まれるように調整し、女性の排卵の時期に子宮へ直接注入する方法です。排卵誘発剤を使用して排卵を促す場合もあります。タイミング療法で妊娠しにくい場合、精子の数が少ない場合や精子の運動能が乏しい場合、勃起障害(ED)や射精障害(EjD)などがある場合に適しています。妊娠率は、35歳未満の女性で一回あたり約10%です。
費用:保険適用で一万円程度。

体外受精

 排卵誘発剤で複数の卵胞(卵子が入っている袋)を育てて、卵巣に針を刺して卵子を体外に取り出す方法です。卵子は培養室で精子と一緒に培養することで受精させ、順調に育ったら受精卵を子宮に戻します。卵子を取り出すことを「採卵」、受精卵を子宮に戻すことを「胚移植」と言います。通常は、受精卵はいったん凍結保存して、子宮内膜の状態が着床に適した時期に胚移植を行います。卵管が詰まっている女性、年齢の高い女性が妊娠を急ぎたい場合、タイミング療法や人工授精で妊娠しにくい場合などに適しています。妊娠率は、体外受精の治療を35歳未満の女性が始めた場合は1回あたり25%程度です。治療しても採卵できなかったり胚ができなかったりする場合がありますが、無事に胚移植までできれば40~50%で妊娠に至ります。採卵数により費用が変わります。
費用:保険適用で6、7万〜25万円程度。

顕微授精

 体外受精での受精を確実にするため、精子を培養士が直接採卵した卵子に注入して受精させます。精子が少なく運動性が低い場合に用いられ、培養士の高い技術が必要になります。特に精巣の組織から直接、採取した精子を用いる場合は、必ず顕微授精になります。
費用:保険適用で6、7万〜25万円程度。採卵した卵子の数で費用が変わります。

先進医療と自費診療(保険外診療)

 不妊治療は保険診療がすべてではありません。自費診療や先進医療を選択すると、さらに専門的な治療を受けることが可能です。

先進医療として認められている治療
ヒアルロン酸含有培養液(PICSI) 成熟した精子の選択に用います。
IMSI 顕微鏡で精子を詳細に観察し、より正常な精子を選びます。
膜構造を用いた生理学的 優れた精子を選別します。
子宮内膜刺激術(SEET法) 胚移植の前に子宮内に胚を培養した液を注入して、子宮内膜を着床に適した状況に整えます。
タイムラプス培養 培養器の内部にあるカメラで胚の成長を連続撮影して、妊娠の可能性の高い胚を選択します。
子宮内膜スクラッチ 子宮内膜に軽い傷をつけ、胚の着床率を高めます。
子宮内膜受容能検査(ERA) 子宮内膜を調べて、最適な移植日を決めます。
子宮内細菌叢検査(EMMA/ALICE) 子宮内膜の細菌環境を調べ、細菌叢のバランスを整えて着床不全を改善します。
二段階移植法 2つの胚を組み合わせた胚移植です。

これらの治療は、すべての医療機関で対応できるものではありません。

先進医療

 これまでの国内外の論文等のデータから有用性が強く推定されているものの、現状では保険適用になっておらず、将来の保険適用化を目指すための根拠データを作成する目的で、一時的に保険診療との併用を特別に認めた、診療行為です。治療にかかる費用のうち先進医療の費用のみ全額自己負担となりますが、混合診療とはなりません。

自費診療

 不妊治療の中には、凍結精子使用など保険診療にも先進医療にもなっていない治療があります。また、保険診療には年齢や回数の制限があり、それを超えた場合や特別な治療が必要な場合は自費診療となります。

保険診療の制限

年齢の制限

 はじめての治療を開始する時点で女性が43歳未満であれば保険が適用されますが、43歳以上の場合は自費診療になります。男性には年齢制限はありませんが、女性が適用外になると保険での治療ができません。

回数の制限

 保険適用での治療回数は、胚移植の回数が相当します。女性が40歳未満なら6回、40歳以上43歳未満なら3回までです。1人出産すると、リセットになります。(2024年12月現在)
 自治体によっては、先進医療、自費診療の費用の一部を助成する制度を設けています。お住まいの地域の支援を調べてみましょう。プライベートで加入する医療保険でも保険金給付(または医療保険)の対象となる場合もあります。

混合診療 混合診療とは、同一疾患に対して保険診療と保険外診療(自費診療)を併用することを指し、日本では禁止されています。保険診療中に保険外診療をおこなうと、すべての治療費が自己負担となります。
自費診療 全額自己負担で行う診療です。

「妊娠の仕組み」を知ろう

 まずは妊娠について基本的な事柄を理解しましょう。
 妊娠は、男性の精子と女性の卵子が出会い、受精することで始まります。不妊治療などの特別な治療を受けずに、夫婦生活の中で妊娠することを「自然妊娠」といいます。
 女性の卵子は月に一度排卵され、卵管で精子との出会いを求めて移動します。卵子の受精できる時間は短く、排卵後六時間、長くても一日と考えられます。
 精子は、男性の精巣で作られ、射精によって女性の腟に入り、子宮、卵管へと進んでいきます。卵管にまで到達できる精子は一部です。それらが卵子を取り囲んで、中に入ろうとします。精子は女性の体内で三〜五日間程度生きています。
 やがて一個の精子が卵子の殻を破り、中に入り、卵子の核と精子の核がひとつになります。これが「受精」です。受精後、卵子は「受精卵」となり、細胞分裂しながら、子宮へと移動します。
 受精卵が子宮内膜に到達し、そこに定着することを「着床」と言います。着床が成功すると、受精卵はさらに成長し、妊娠が成立します。

タイミング療法を自分たちでおこなう

 女性自身で排卵日を予測し、2人だけでタイミングを計ることも可能です。排卵の1週間くらい前(月経初日から数えて10日目)ごろから妊娠しやすい時期に入りますので、この間に2日に1回程度の頻度で性生活を2~3回持つことをおすすめします。市販の排卵テスターは、排卵の1〜2日前まで反応しませんが、参考になります。

ホルモンの役割

 妊娠の過程で起きることを導いているのはホルモンです。男性の体の中(精巣)では、テストステロンというホルモンの存在下で、下垂体ホルモンの卵胞刺激ホルモン(FSH)の刺激により精子が作られます。女性の体の中では、FSHが卵胞を育て、黄体形成ホルモン(LH)が排卵を誘発します。また、エストロゲンは卵胞の成長とともに子宮内膜の肥厚を促して精子をむかえる頸管粘液を増やし、プロゲステロンは着床を促します。
 不妊は、これらの仕組みのどこかに何らかの障害が起きている状態です。

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 現代の医学では、まだ理由がわからないケースもたくさんあります。その場合は、できるだけ良い条件を作って、卵子と精子の出会いを繰り返し試みることになります。
 検査で理由がわかり、それに対応することができるケースもあります。

不妊治療は、こんな検査をおこなう

 最初に基本的な検査が必要です。基本的な検査は女性男性同時に開始することで、より早く適切な治療法の選択が可能となります。それらの結果によって、適切な治療が決まります。
 不妊の原因は自覚症状がないものがほとんどです。

男性が受ける基本的な検査

一般精液検査

 精液量、精子濃度、精子の数、運動率、正常な形態の精子の割合を調べます。
 WHO(世界保健機構)(2021年)は、精液量1.4mL、精子濃度1600万/mL、総運動率42%、正常形態率4%を下限値としています。これは自然妊娠で子どもを得た男性集団の95%がこれ以上の値だったことを示しており、WHOはこれらの下限値を示すと同時に、それぞれの医療機関ないしは国において、妊娠成立したカップルを調査して、独自の基準を設けることも推奨しています。
 精液の採取は不妊治療施設の採精室、もしくは自宅でマスターベーションによりおこないます。精液検査は、同じ人でも日によって大きな差が出るため、2回以上検査することが推奨されています。

女性が受ける基本的な検査

基礎体温測定

 基礎体温を毎日測定している人は医師に提示します。

ホルモン検査

 血液検査でホルモンレベルを測定し、排卵や卵巣の機能を評価します。卵胞を育てるFSH(卵胞刺激ホルモン)、排卵に導くLH(黄体形成ホルモン)、子宮内膜を厚くするエストロゲン、妊娠継続にかかわるプロゲステロンなどを調べます。
 また、AMH(抗ミュラー管ホルモン)を測ると、卵巣にどれくらい卵子が残っているかを推測できて、治療方針の決定に役立ちます。卵子の数はおおむね加齢にともない減少していきますが、個人差があります。

子宮や卵巣の超音波検査

 超音波検査で子宮や卵巣の状態、子宮筋腫などの婦人科疾患がないかをチェックします。また、卵巣の中の卵子の状態も確認します。

子宮卵管造影検査(HSG)

 造影剤を子宮内に注入し、X線で卵管の閉塞や子宮の異常がないかを調べます。

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 不妊治療の検査では、検査をしても原因がわからないこともあります。その場合はタイミング療法から治療を始めるのが一般的ですが、女性の年齢が高い場合は、体外受精から始めることもあります。

卵子と精子は、作られ方が大きく違う

 精子は毎日新しく作られるので、個人差はありますが、男性は年齢が高くても子どもを持つことができます。
 これに対し、女性の卵子は胎児期に一生分が作られ、長い眠りを経て目覚めると成熟に向かい、排卵します。年齢が高い女性の場合は、待ち時間が長かった卵子が排卵されるので、妊娠率が低くなってしまいます。卵巣の中に出番を待つ卵子がほとんどなくなると、排卵が止まって閉経となります。
 そのため妊娠において、女性の年齢は大切なポイントです。女性の身体や、治療の負担を考えれば、カップルで早く今後についての相談をはじめましょう。最近の研究では、個人差はありますが男性の精子力にも女性同様に年齢が影響することがわかってきています。

ネットで買える精液検査キットがある

 ネットで販売されている精液検査キットを使うと、自宅等で気軽に自分の精液をチェックすることができます。
 医療施設に行く前に、これを試してみるのも一つの方法です。この検査は医療施設の検査に代わるものではないので、参考にする程度に考えましょう。

男性の検査についてもっと知ろう

 顕微授精を含めた高度生殖技術を用いなくても妊娠・出産ができるカップルが多数存在しますので、積極的に男性も検査を受ける必要があります。
 男性不妊を専門とする泌尿器科の医師は、さらに詳しい検査や治療をおこなっています。精液検査の結果が思わしくなかった場合や、情報を追加して治療方針を考えたい場合は、必要に応じて男性不妊の専門外来を訪ね、相談してみるのもよいかもしれません。
 男性の不妊治療を専門にする医師がいる「男性不妊専門外来」は数がかなり少ないのが実情です。しかし最近は、産婦人科医と泌尿器科医はチームを組んで、不妊症をカップルの病態と考えて治療に取り組む医療機関が増えています。

男性不妊外来患者の内訳
患者数(%)
造精機能障害(精子をつくる機能の問題) 477(94.6%)
特発性造精機能障害 153(30.4%)
精子機能障害 30(6.0%)
精索静脈瘤 166(33.0%)
染色体異常(AZF異常を含む) 40(8.0%)
間脳下垂体異常 10(2.0%)
抗がん化学療法後 29(5.8%)
停留精巣 9(1.8%)
ムンプス精巣炎 2(0.4%)
副性器の炎症 38(7.6%)
精路通過障害(精子の通り道の問題) 27(5.4%)
合計 504(100%)

性機能障害・射精障害を除く(獨協医科大学埼玉医療センター 2018 年度集計)

男性不妊専門外来でおこなわれる検査

問診、視診、触診

 精巣の大きさ、硬さなどを調べます。

ホルモン検査

 精子の生成や性機能にかかわるホルモンを血液検査などで調べます。

超音波検査

 超音波検査で精巣や精管の様子を調べます。精巣から流出する静脈に、血液が逆流することで、静脈が拡張し、精巣に熱や酸化ストレスがかかる「精索静脈瘤」がないか、精子の通り道に問題がないか、精巣に悪性腫瘍ができていないかをチェックします。とくに、不妊男性の精巣がんの発生率は、不妊でない男性の約100倍と高率ですので、超音波検査は必須です。

染色体検査

 遺伝情報の格納されている染色体(女性46XX、男性46XY)に、数の異常がないか、その構造に異常がないかを調べます。主に、高度乏精子症や無精子症、習慣性流産のカップルの場合におこなわれます。

遺伝子検査

 主に、無精子症の場合に、精巣内精子採取術(TESE)を行うことが可能か否かを決めるためにおこないます。

精子DNA断片化指数(DFI:DNA Fragmentation Index)検査

 一般精液検査ではわからない精子の「質」を調べるために、自費診療になりますが、精液中の断片化したDNAを調べる検査が登場しています。日によるばらつきがないのがメリットです。
 DFI値は、加齢や喫煙、精索静脈瘤により上昇します。通常の精液検査で精子の数や運動性などが良好にもかかわらず、DFIの値が高い男性もいます。その場合は、早めに体外受精、顕微授精へ進むことがすすめられます。

ED(勃起不全)の治療

 EDは20代なら男性全体の20%、40代なら40%にあると言われます。EDには効果的な治療薬があり、泌尿器科や内科でも診察を受けたうえで処方してもらうことが可能です。不妊治療が目的の場合、処方量・処方回数に制限はありますが、保険適用になります。

『患者さんのための生殖医療ガイドライン』

 日本生殖医学会が作成した「生殖医療ガイドライン」が、患者さん用にわかりやすい言葉で書かれたものです。保険収載は「生殖医療ガイドライン」をもとに決定されており、各治療の科学的根拠の程度がわかります。

男性の治療について知ろう

 男性に問題がある場合は、これを積極的に検査・治療することで、生殖補助技術の適応をステップダウン(体外受精→人工授精)が可能となり、女性側への治療負担を軽くすることが可能になります。不妊症は、カップルの病態であることを考えれば、当然男女両方が治療に参加すべきです。

精索静脈瘤の手術

 精液検査の結果が思わしくなかった男性のうち、約3割に精索静脈瘤があるといわれています。少しずつ大きくなるものなので、年齢の高い男性ほどこれが不妊の原因になりやすいといえます。手術は、手術用顕微鏡で、逆流している静脈のみをしばり、温かい血液が精巣に流入するのを防ぎます。
 精子の質の向上が期待できるのは、手術の3カ月以上あとです。精子の数、運動性などは変わらないケースは多いのですが、DFIの値が改善する男性が多いことがわかってきました。DFI値の改善により、顕微授精の妊娠率が上昇したり、治療法のステップダウンが可能になるという報告もあります。顕微鏡下精索静脈瘤手術は保険適用です。

TESE(精巣内精子採取術)

 射精液がない場合や、射精液はあるがその中に精子がない場合には、顕微授精をすることができません。しかし、精巣から精子を直接採取する手術をして、精子が得られたら、顕微授精が可能になります。精管が詰まっているために精子が出てこない場合に受ける精巣内精子採取術(Conventional TESE)と、 そもそも精子を作っている精細管が少ない場合に、これを探し出すために手術用顕微鏡を使って、精巣内をくまなく探索する顕微鏡下精巣内精子採取術(MD-TESE)の2種類があります。後者は男性の治療の中で最も高度なものです。TESEは条件を満たせば保険適用です。

ホルモン治療

 精巣で精子を作り出すための下垂体ホルモンであるLHやFSHが不足している場合には、これらを補充する治療が行われます。指定難病No. 78として、都道府県に申請の上、原則として公費負担による治療がなされます。

男性の精液はだんだん減っているって本当?

 本当です。WHO(世界保健機構)が示している精液量の下限値(子どもを得た男性集団の下位5%)は、以前4mLでしたが、今では1.4mLにまで下がっています。量だけではなく、精子濃度も、以前は2000万/mLでしたが、今は1600万/mLです。変化の理由は、わかっていません。

生活の中でできること

 男性不妊の改善策は、日常生活の中にもあります。いつもの習慣が精子の質を落とすことにつながっているかもしれません。好きなことをがまんしたり、生活習慣を変えたりすることは難しいかもしれませんが、不妊治療について考えたら、生活習慣を見直し、できることからはじめてみましょう。

精子を長くためない

 精子のDNA損傷率を低く保つためには、定期的な射精が重要です。古い精子より新しい精子の方がよいからです。性生活が難しい場合は、自分で射精します。
 DFIの値を観察すると、週に2〜3回射精するようにすると1か月ほどで値が下がります。ただし、その後ためてしまうと再び値が上がってしまうので、子どもが欲しい男性はこれをキープしましょう。
 不妊治療や検査で精子を提出する際、精子をためたくなることがあります。以前は長期間の禁欲を指示する医師もいましたが、現在では2~3日程度の禁欲で十分だと考えられています。

禁煙

 喫煙は血管を収縮させ、血流を悪くします。これにより、ED(勃起不全)を引き起こす可能性があり、さらに精子の数や運動性に悪影響を与えることが知られています。また、喫煙は酸化ストレスを増大させ、精子のDNAに損傷を与えるリスクもあります。健康な精子を保ち、妊娠の可能性を高めるために、禁煙を考えてみてください。

ゆったりした衣類

 タイトなボクサーパンツやジーンズなど、睾丸を圧迫する衣類は避けましょう。下着は、風通しの良いトランクスタイプがおすすめです。

サウナや長風呂は控える

 睾丸は熱に敏感で、高温にさらされると精子が損傷します。特に、長時間の入浴やサウナは影響を与える可能性があります。

ノートパソコンを膝の上に載せて使わない

 ノートパソコンは使用中に熱を発し、膝に載せて使用すると精子に悪影響を与える可能性があります。机に置いて使用するか、どうしても必要な場合は短時間にとどめましょう。

自転車の乗り方

 長時間のサイクリングや前傾姿勢でのライディングは、男性性器やその周りの血流を悪くしたり、精子の通り道に炎症を起こさせることにより、精子の通過を妨げるため、精子の「質」が悪くなります。自転車に乗るときは、圧迫がない姿勢をとることや、長時間にならないことを心がけましょう。

発毛剤

 AGA(男性型脱毛症)の内服治療薬のうち、一部成分を含むものは、男性ホルモンを抑えるために、性欲減退や精子数の減少、EDといった副作用が生じる可能性があります。発毛剤を使うときは医師などに相談のうえ選択してください。

健康な生活

 睡眠、バランスの良い食事、適度な運動、ストレス解消、体重管理など、一般的な健康管理が大切なことは、言うまでもありません。これらも精子の質を向上させます。睡眠については、閉塞性睡眠時無呼吸症候群は男性不妊の原因の1つになり、治療せずに長く放置するほど不妊のリスクが高くなるという報告があります。睡眠時無呼吸症候群などの睡眠障害の改善が有効な場合があります。

サプリメント

 「還元型コエンザイムQ10」は抗酸化作用により、DFIの値を改善します。

家族について考えはじめたあなたへ

 不妊治療は、2人でスタートする治療へと変化してきています。
 ただ、不妊治療は、どうしても、妊娠・出産がある女性中心になりがちです。今は、不妊治療している女性の8割が就業しており、女性は、仕事と治療との両立で大変かもしれません。女性への調査では、両立に大切なこととして、職場の理解・協力などと並んで「夫の理解と協力」が上位に挙がっています。
 男性は実感がわきにくく、「自分は何をしていいのかわからない」「何もできることがない」と感じたり、また女性から「つらさをわかっていない」と言われたりすることもあるかもしれません。
 女性の負担が大きいことがクローズアップされる機会が多いですが、男性には、男性の大変さがあります。中には、精液検査の結果が思わしくないことで、男性として否定されたように感じることがあるかもしれませんが、精子の検査データはその人を表しているのではありません。
 男性も女性も、検査でさまざまな結果が示されますが、私たち医療者がお伝えしたいのは、それらは身体のデータの1つにすぎないということです。自分たちの身体にきちんと向き合って、適切な選択をしていくことが大事です。それでも気持ちのやり場がないときは、医師や看護師に遠慮なく話してください。
 不妊治療には、難しい選択がある場面もあります。女性が治療を受ける時、女性まかせにしないで、パートナーとして男性も治療について学び、知識を得たうえで2人で相談しながら決めることができれば、女性は安心して治療に臨むことができます。男性が検査や治療を受ける時も、男性ひとりで抱え込まずに、2人で話し合って選択していくことが大切です。
 治療に時期を合わせて、話題のレストランでのディナーなど、楽しく晴れやかなイベントを一緒に計画して、楽しい時間を過ごすのもよいでしょう。
 2人で力を合わせて治療に取り組んでください。この小冊子が、お2人の一つひとつの、小さな歩みの一助となれば幸いです。

蔵本ウイメンズクリニック副院長
 不妊症看護認定看護師

村上貴美子

引用・参考文献

  1. 一般社団法人日本生殖医学会編.“人工授精の種類・適応・方法”.生殖医療の必修知識2023.p. 284-90.
  2. 一般社団法人日本生殖医学会ホームページ.生殖医療Q&A.“Q15 男性不妊の場合の治療はどのようになるのですか?”.
    詳しく見る(参照 2025-1-22)
  3. 日本産科婦人科学会ホームページ.2022年ARTデータブック.“年別周期数”.
    詳しく見る(参照 2025-1-22)
  4. 一般社団法人日本生殖医学会ホームページ.生殖医療Q&A.“Q1 妊娠はどのように成立するのですか?”.
    詳しく見る(参照 2025-1-22)
  5. 男性不妊バイブル 泌尿器科医 岡田 弘 オフィシャルサイト.
    詳しく見る(参照 2025-1-22)
  6. Yi-Han Jhuang et al. Association of obstructive sleep apnea with the risk of male infertility in Taiwan. JAMA Netw Open 2021 Jan 4;4(1):e2031846.
  7. 日本泌尿器科学会編/日本生殖医学会後援.男性不妊症診療ガイドライン 2024年版.メディカルレビュー社,110p.

Information

  • こども家庭庁ホームページ 不妊治療に関する取組
    詳しく見る(参照 2025-3-3)
  • 患者さんのための生殖医療ガイドライン
    令和4年度厚生労働科学研究費補助金 成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業(健やか次世代育成総合研究事業) 標準的な生殖医療の知識啓発と情報提供のためのシステム構築に関する研究
    詳しく見る(参照 2025-3-3)
  • 男性不妊バイブル 泌尿器科医 岡田 弘 オフィシャルサイト
    詳しく見る(参照 2025-3-3)
  • ニプロ株式会社  妊娠について考えるスタートBOOK~わたし・家族・未来~
    詳しく見る(参照 2025-3-3)