不妊治療は、保険の適用範囲が拡大しました
不妊治療は、長いあいだ自費診療が中心だったので、高額な費用のかかる特別な医療で足を運びにくい印象がありました。しかし、2022年4月より保険適用の範囲が拡大し、それまで全国平均で1回50万円、時には100万円以上かかっていた体外受精が一気に身近なものになりました。具体的な自己負担金額は採卵数等によりますが、凍結を行わない例では10万円程度で、高額になれば高額療養費制度が利用できます。
「経済的負担が軽くなったことで気持ちが楽になった」「公的に認められた医療になったので、職場や親族間、友人同士で治療のことを話しやすくなった」と言う人もいます。
人生の「選択肢」として、不妊治療を考えやすくなったのです。
初めての治療開始時点の女性の年齢 | 回数の上限(胚移植の回数) |
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40歳未満 | 通算6回まで(1子ごとに) |
40歳以上43歳未満 | 通算3回まで(1子ごとに) |
43歳以上 | 対象外 |
保険が適応されない場合、自治体独自の助成金制度もあります。
不妊症とは?
不妊症とは、「子どもを持とうとしても授からない期間が一定期間ある状態」を言います。日本生殖医学会では、女性の年齢が35歳未満なら、1年妊娠しない場合は受診がすすめられるとしています。
女性は、30代半ばから次第に妊娠しづらくなるため、女性が35歳~40歳未満の場合は6か月が受診の目安となります。女性が40歳以上、もしくは男女いずれかに医学的な心配事がある、性生活が難しいなどの場合は、「妊娠したい」と思った時点での受診がすすめられます。
不妊は誰にでも起き得る悩みで、原因は多岐にわたります。男性側に理由があることも多く、また、健康な女性が、年齢が高いというだけで妊娠しにくくなっているケースもたくさんあります。
現代の日本では、夫婦の半数が「不妊の心配」を経験
(第16回出生動向基本調査:2021年6月実施)
日本では、不妊の治療や検査を受ける夫婦が4.4組に1組であり、増加傾向にあります。「不妊の心配をしたことがある」という夫婦は、結婚5年未満で45.6%と半数近くにのぼります。その背景には、結婚が遅くなったという時代の変化があると考えられます。
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女性側
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当てはまるものが 一つでもあれば できるだけ速やかに |
男性側
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(一般社団法人日本生殖医学会 編.生殖医療の必修知識2023.63ページ表1を参考に作成)
どんな治療があるのでしょう?「自分に合った治療法」を選ぶことが大切
不妊治療には主に3つの方法があります。
3つの方法は妊娠できる率が大きく違い、人工授精の妊娠率は10%、体外受精は総治療あたり25%と言われています(30代前半以下の場合)。タイミング法の妊娠率は文献的にも適切なものはあまり認められませんが、人工授精の5~10%よりも低いです※。妊娠率だけをみると体外受精が最もいいように思われますが、これは心身への負担、経済的負担が最も大きな治療法になります。専門家に相談し、よく考えて、自分たちに合った方法を選ぶことが大切です。
女性が妊娠・出産適齢期で、検査で異常が見られない夫婦はどの治療を選んでもかまいません。通常は、心身への負担、経済的な負担が最も小さい方法から始めて、なかなか妊娠しなければ次に負担が少ない方法へと進めていきます。時間的に、あるいは身体の状況でその余裕がない場合は、体外受精から始める人もいます。
34歳の美穂さんの場合、概ね人工授精での妊娠率は10%、体外受精では総治療あたりの妊娠率は25%、胚移植あたりの妊娠率は45%と考えられます。
タイミング法
月に1度しかない排卵のチャンスを逃さないように、超音波検査や尿検査(排卵に関するホルモンの検査)などから排卵される日を予測し、性生活を合わせます。多くの場合、排卵誘発剤を使用し、計画的に排卵させる方が妊娠率が上がります。保険診療の自己負担は5千円くらいです。
ふたりでできる簡単なタイミング法
女性の生理周期が規則正しい場合は、カップルで生理周期の情報をシェアしましょう。そうすれば通院に時間を取られず、性生活というプライバシーに他人を介在させずに妊活のスタートを切ることができます。
排卵36時間前から反応する市販のテスターもありますが、テスターが反応しない日でも妊娠する可能性があります。最も妊娠しやすいのは排卵日の2日前とされており、排卵の1週間くらい前(月経の初日から数えて10日目)から妊娠しやすい時期に入ります。子宮への道が精子に優しい弱アルカリ性になるこの時期、精子は女性の体内で2~3日間生きていますので、この間に2日に1度以上の頻度で性生活を持つことをおすすめします。
人工授精
妊娠しやすい状態に調整した精子を、排卵の時期にカテーテルで子宮に送り込みます。排卵には、排卵誘発剤を使用します。タイミング法でなかなか妊娠しなかった場合、精子が少ない、運動率が低いなどの理由で卵子のいるところまで行きづらい場合に、精子の旅を手助けして妊娠率を上げる方法です。保険診療での自己負担は1万円くらいです。
体外受精
排卵誘発剤で複数の卵胞を育て、卵巣に針を刺して卵子を体外に取り出す方法です。卵子は培養室で精子とあわせて受精卵(胚)とし、赤ちゃんになるための細胞分裂が確認できるまで培養してからカテーテルで子宮に送り込みます。卵管が詰まっていて卵子と精子が会えない場合、精子がかなり少ない場合、妊娠を急がなければならない場合、他の方法でなかなか妊娠しなかった場合に選ばれます。確実に受精させるため、精子を顕微鏡下で卵子の中に入れる「顕微授精」もあります。
採卵の前は、通常、注射もしくは飲み薬で複数の卵子を育てます。採れる卵子のうち、受精卵(胚)になるものは一部なので、卵子は複数採れるほど妊娠の確率が上がります。受精卵(胚)は、凍結してとっておくことができます。たくさん受精卵(胚)ができた人の中には、1回の採卵で2人以上の子を授かる人もいます。
保険診療での自己負担金は採れた卵子の数などで変わり、6~7万円から20万円くらいです。
人工授精、体外受精は「6回まで」が目安
人工授精、体外受精で妊娠する方の大半は、6回以内で妊娠しているという統計があります。そのため保険診療では、体外受精に限り、6回までという回数制限がつきました。
不妊治療は多胎になりやすいの?
以前の不妊治療は受精卵(胚)をたくさん戻していたので、ふたご(双胎)、みつご(三胎)以上になる率が高くなっていました。現在は子宮に戻す受精卵は1個が基本となり、多胎率はとても低くなりました。しかし、35歳以上の人、2回続けて妊娠しなかった人は、2個戻すことが選べますし、卵子を体外に取り出さない人工授精なども排卵誘発剤を使います。もし多胎妊娠となったら、わからないことがたくさんあるでしょう。そんな時はひとりで悩まずに、医療者や自治体の保健師などに相談して、多胎の子どもを持つ親のグループや自治体の支援を紹介してもらいましょう。多胎妊娠ならではの注意点や出産後の多胎児を迎えての家族の生活のイメージを持ち、準備しておくことをおすすめします。
不妊の検査とは何をするのですか?
男女両方の検査が必要です。不妊の検査は人間ドックや会社の健診、簡素なブライダル・チェックではわからないことを調べます。見つかる異常の多くは自覚症状がほとんどありません。
女性には、問診・内診のほかに超音波検査、妊娠にかかわるホルモンの量を調べる血液検査、卵管が通っているかどうかをレントゲンで見る卵管造影検査などがあります。男性は精液中の精子を観察する精液検査を受けて、問題があった場合は血液検査、超音波検査などを受けます。
今は加齢で妊娠しにくい女性も多く、妊娠の仕組みも未知の部分があるので、検査をしても不妊の原因が見つからないこともあります。しかし、原因がわかった場合は、治療方針を決める重要な手がかりになります。
もっと知りたい! 不妊治療のことQ&A
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妊娠しやすい人、しにくい人の違いは何ですか?若いころから子宮内膜症や月経不順に悩んだ人など、受診が早くすすめられる人として表2にあげた人たちは妊娠しにくい可能性があります。喫煙と、肥満・やせすぎが妊娠率を下げることとして知られていますので、まずは自分でできる第一歩として生活習慣を見直しましょう。そして、大きな影響が出るのは、やはり女性の年齢です。30代で閉経してしまう早発閉経(卵巣機能不全)の女性でも、20代なら自然に妊娠できる人がたくさんいるほど女性の年齢は大きな要因の一つになっています。
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「卵巣年齢」の検査があると聞きました。どんなものですか?精子は男性の精巣で毎日新たに作られます。一方で卵子はその女性が胎児だった時に一生分の卵子が全部作られると考えられています。それがなくなると女性は閉経しますが、その減り方やもともとの個数には個人差があります。「AMH(抗ミュラー管ホルモン)検査」という血液検査で卵子の保持数(残っている数)を推し量ることができます。個数が少ないと「あまり残り時間がない」ということです。検査できるクリニックが増えてきており、不妊治療に入る前に受けると、年齢以外に目安をもう一つ持つことができます。ただし、卵子の質については、この検査ではわかりません。
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妊娠しやすい食べ物やサプリはありますか?日本で不妊の本を探すと食事の本がたくさんありますが、医学的に見ると、妊娠率が上がる特定の食品があるとは考えられていません。もちろん、食生活は規則正しい生活、睡眠、運動と並んで健康の土台なので大切ですが、ストレスを感じない範囲で努力することにしましょう。
サプリについては、妊娠を望む女性には葉酸がおすすめです(食事とサプリとを合わせた1日あたりの摂取推奨量は0.4 ~1ミリグラム)。妊娠する前に葉酸を十分に摂ると、赤ちゃんの病気「二分脊椎」(本来、中にあるべき神経管が脊椎管の外に出ている神経管閉鎖不全の一つ。運動麻痺や感覚麻痺を伴うことがある重い病気)のリスクを軽減する効果があるからです。 -
仕事と不妊治療の両立が大変だと聞きます…不妊治療は、卵子の育ち具合によって診察日が決まるため、受診と仕事の調整が難しいという大変さがあります。「人に話しづらい治療」と感じるかと思いますが、可能であれば、職場で事情を話して協力を求めましょう。
国も企業側が妊娠について学ぶこと、通院のための休暇を制度化することなどを奨励しています。厚生労働省のホームページ「不妊治療と仕事の両立のために」なども見てみましょう。
不妊治療、子育て、親の介護、自分自身の闘病……、さまざまな状況にある人たちが誰でも仕事を続けられる「多様性を認める社会」が求められています。 -
夫が協力してくれるかどうかが心配です。保険診療の不妊治療は、夫婦ふたりで診察を受けて医師に治療計画を立ててもらい、納得した上で、夫婦が同意書に同意のサインをすることが必要です。このルールができたことで、不妊治療では男女の協力関係がマストになりました。
女性が不妊治療を提案しても、なかなか腰を上げない男性は少なくありません。しかし、医師による科学的な説明は男性の理解を助けます。最近は男性がひとりで実施できる精液検査のキットもインターネットで買える時代となり、自分の問題として不妊をとらえる男性も増えています。 -
もし、保険診療の回数制限内で妊娠しなかったらどうするのですか?体外受精は他の方法より妊娠率の高い治療ですが、妊娠を保証するものではなく、回数制限があります。保険での治療が制限回数に達したら、自費診療で治療を続けるか、治療をやめるかをふたりで話し合って決めることになります。医療者も一緒に考えます。タイミング法、人工授精は、年齢も回数も制限がありません。
難しいかもしれない病院(クリニック)選び
不妊治療は、初めて治療を受ける時から、不妊治療の専門クリニックや病院の専門外来を選ぶことをおすすめします。不妊治療は産婦人科の一部門ですが、専門性が高く、一般の産婦人科とは別の役割を担っています。
「専門クリニック、専門外来は高度な体外受精を受ける人が行くところ」と思われがちですが、そんなことはありません。近所にある一般の産婦人科へ通ううちに年齢が高くなる女性がたくさんいますが、過ぎた時間は巻き戻すことができません。
そこでインターネットなどで専門のところを探すことになりますが、ウェブサイトで判断するのは、なかなか難しいと思います。医師が説明会をおこなっているところも多いので、参加してみてください。最近はオンラインの説明会も多く実施されているので自宅で視聴でき、ふたりで参加しやすいでしょう。クリニックを見て雰囲気を感じたければ、リアルの説明会に行けばよいでしょう。
医師との相性や、相談に乗ってくれる看護スタッフやカウンセラーがいるかどうかもクリニック選びのポイントの一つであり、また診察時間やアクセスも重要です。自分たちに合うところを探しましょう。
不妊治療は、ふたりが決めること
不妊治療、そして、そもそも「子どもを持つかどうか」ということは、ふたりで決めること。
しかし、決めるために必要な妊娠の知識が得られる機会は、日本ではまだ多くありません。
ぜひ知ってほしいことをまとめたこのページが、ふたりのお役に立てばうれしいです。
引用・参考文献
- 一般社団法人日本生殖医学会編.“人工授精の種類・適応・方法”.生殖医療の必修知識2023.p.284.
- 一般社団法人日本生殖医学会ホームページ.生殖医療Q&A.“Q10 人工授精とはどういう治療ですか?”.
詳しく見る(参照 2023-11-20) - 日本産科婦人科学会ホームページ.ARTデータブック.“ART妊娠率・生産率・流産率 2021”.
詳しく見る(参照 2023-11-20) - 一般社団法人日本生殖医学会ホームページ.生殖医療Q&A.“Q1 妊娠はどのように成立するのですか?”.
詳しく見る(参照 2023-11-20) - 一般社団法人日本生殖医学会編.生殖医療ガイドライン.2021.p.10.
- こども家庭庁ホームページ.妊娠中と産後の食事について.
妊娠前からはじめる妊産婦のための食生活指針~妊娠前から、健康なからだづくりを~解説要領.
厚生労働省.令和3年3月.
詳しく見る(参照 2023-11-27)
Information
- こども家庭庁ホームページ 不妊治療に関する取組 国民の皆様へ
「令和4年4月から、不妊治療が保険適用されています。」(厚生労働省リーフレット)
詳しく見る(参照 2023-11-27) - 一般社団法人 日本生殖医学会 一般のみなさまへ
「生殖医療Q&A」
詳しく見る(参照 2023-10-16) - 厚生労働省 不妊治療と仕事との両立のために
「不妊治療と仕事との両立サポートハンドブック(本人、職場の上司、同僚向け)」
詳しく見る(参照 2023-10-16) - JAMBA 一般社団法人 日本多胎支援協会
ふたご・みつごの妊娠・出産・子育てと子ども自身のために
詳しく見る(参照 2023-10-16)