顔の見える関係の原点
地元に貢献したい思いから薬剤師へ
誰かの役に立ちたいという思いから医療に関心を持ち、地元志向の強かった石井さんは、県内の薬科大学へ進学しました。卒業後も「地元に貢献して働きたい」という思いを軸に、地元のチェーン薬局で経験を重ねます。
「処方箋をどの薬局に持って行っても、基本的に同じ薬が出てきます。そんな中で自分が関わる患者さんには、お困りごとを解決できるような存在でありたい」と石井さんは語ります。
石井さんはもともと内気な性格で、困っている方にうまく寄り添えないと感じる場面もあったといいます。そんな折、ある患者さんから薬の飲み合わせに関する電話相談がありました。必要な説明は伝えたものの、「受話器の向こうにどこか腑に落ちない気配が残った」と当時を振り返ります。「本当に理解していただけただろうかと不安になりました」。
「このままでは患者さんのお手伝いができていない」と考えた石井さんは、受話器を再び持ち、すぐに患者さんへ連絡を入れてご自宅訪問の了承を得ました。そして直接お会いして服用中の薬や健康食品を一つずつ確認し、疑問を丁寧に解消していったといいます。
「本当に困っていらしたので、なんとかしなきゃという思いで動きました」。いまも石井さんは「薬局の外へ出て、顔の見える関係を作っていくべき」と、言葉だけでなく行動で安心を届けることを大切にしています。「少しでも笑顔になってもらえる薬剤師を目指しています」と、日々その姿勢を貫いています。

出会いが導いた事業承継
経営への関心、その先の現実
石井さんが薬局経営に目を向けるようになったきっかけは、医療情報誌に掲載された薬局経営コンサルタントのインタビュー記事でした。その記事を機に経営や事業承継に興味を持った石井さんは、すぐに研修会に参加して本人と知り合い、経営への関心をさらに深めていきました。
当時は大手チェーン薬局に勤務していましたが、「このままでは機会が来ない」と判断し、より機会が得やすく収入も見込める職場へと移りました。さらに、紹介でフリーランスのグループに加わり、派遣薬剤師として働きながら情報交換を重ね、経験と資金を蓄えていきました。
そうして土台を整えつつ、地元での開局を現実的な選択肢として見据えるようになりましたが、事業承継の道は平坦ではありませんでした。候補先は二転三転し、最終的にご縁がつながったのが現在の牡丹山薬局です。「承継はタイミングや運の要素も大きい」と感じた出来事でした。また、手続きや準備に追われる日々が続き、「やり方は知っていたつもりでしたが、『知っている』と『できる』は違うと実感しました」「物事は一筋縄ではいかない」と振り返ります。
働き方の違いも、気を引き締める場面が続きました。チェーン薬局では休みが取りやすい一方、フリーランスや薬局経営では代わりがいません。働かなければ収入はなく、約束を守れなければ信用に直結します。
「目の前の患者さんだけに集中できる環境は楽だったと感じることもありますが、経営やフリーランスでは考える範囲が広がります。面白味を見出しはするのですが、大変だなと思うことはありますね。実際に一からやってみてわかったことはたくさんあります」と語ります。

在宅訪問を一から開拓
事業承継を機に、石井さんは在宅訪問への取り組みを始めました。
「今後は、高齢化・人口減少に伴って外来診療の需要は減り、在宅医療の需要が伸びていくと予想しています。牡丹山薬局の周辺も高齢化に加えて独居の方が多いと感じます。外来調剤だけではなかなか他の薬局との差別化は難しいため、在宅医療に関わることは大きなチャンスだと考えています」と話します。
牡丹山薬局は、隣接するクリニックの先生方とともに皮膚科の門前薬局として地域医療を支え、今年で20周年を迎えました。これまで培ってきた確かな土台を大切にしながら、承継を機に在宅医療の分野にも役割を広げるべく、石井さんは在宅訪問を行うクリニックへ自ら足を運び、一から関係づくりを進めてきました。
精神科の在宅訪問という未知なる挑戦
在宅訪問で支える服薬管理
事業承継後、石井さんは在宅訪問クリニックと関わっていく中で、精神疾患を抱える患者さんを紹介されました。当時患者さんは入院中で、退院に合わせて訪問診療を開始する予定だったため、退院時のカンファレンスにも出向き、情報を共有したうえで在宅訪問がスタートしました。
「高齢者の在宅訪問の経験はあったものの、精神科の在宅訪問は初めてでした」と石井さんは振り返ります。
石井さんは、精神疾患を抱える患者さんの在宅訪問について「拒薬や過量服用の可能性があるため、服薬状況や残薬は注意深く確認しています」と話します。過量服用が続いたケースではチームで対応を検討しました。
「手元にある薬を全て服用してしまう状況があり、カンファレンスで話し合った結果、錠剤を粉砕するなど、ご本人の管理しやすい形状に変えることで、正しく服用できるのではないか、という方針で対応しました」。
また、再発予防として配薬の運用も見直しています。「過量服薬を防ぐため、薬は薬局で預かり、週1回の訪問時に『1週間分のお薬ですよ』とお渡ししています」。
量のコントロールとご本人の面前での確認をセットにすることで、過量服用防止の工夫を行っています。
特別視せず“普通”を支える
訪問する精神疾患を抱える患者さんは、「一人で生活をすることが難しいにも関わらず、家族や周囲からの継続的な支援も得にくいため、結果として身寄りのない独居になる方が多い」といいます。
しかし、「患者さんと関わっていて思うのは、精神疾患を抱えている方だからと、特別視する必要はないということです」と石井さんは語ります。
「心に何かを抱えているので、『敵じゃないよ』という雰囲気を出すのは重要かなと思います。最初に伺うと表情が硬く、受け入れてもらうまでに時間がかかることもあります。だからこそ笑顔で明るく訪問し、時間をかけて打ち解けていきます。訪問を重ね、呼び方が『薬局さん』から『名前』で呼ばれるようになったとき、少し前に進めたと感じます」。
関係の深まりを確かめた瞬間
石井さんは訪問のなかで、患者さんとの関係を着実に築いています。
いつも訪問している患者さんが精神科病院に入院後、別の病院への転院が検討されましたが、転院先が院内処方であることを理由に話は白紙になりました。
「当薬局との関わりがなくなってしまうということで転院を断ったそうです」と石井さんは振り返ります。
「こうした経緯を患者さんが自ら話してくれて、率直にうれしかったですね」。

顔の見える連携が在宅医療を動かす
不安を解消するのは連携の力
在宅訪問を行う上で、多職種との連携は不可欠です。石井さんは「初回の往診には必ず同行し、状態を把握しています」と話し、伝達の齟齬が生まれないように患者さんによっては毎回同行し、現在の状態や処方内容をその場で全員で共有しているそうです。
「不安を感じやすい患者さんも多いので、次の診察はいつなのか、薬はいつもらえるのかと気になってしまうんです。そのため多職種みんなでの情報共有は不可欠です」と話します。
特に連絡を取り合うのは相談員で、その連携を重視しています。報告書に加えて電話でもこまめにやり取りし、「その患者さん特有のことなら相談員さんに聞くのが間違いない」といいます。「通常の調剤であれば、医師、看護師しか連絡を取らないですが、在宅訪問では福祉関係の方とも連絡を取り、連携しやすい体制を作ることが必要だと思います」。
「当薬局の関わりにより、『コンプライアンスの悪かった患者さんの服薬状況が改善した』と他の医療者に言われたことがあります。自分が関わるようになってから明らかに飲み忘れや飲み過ぎは減ったと自覚しています」と手応えを語ります。
地域医療ネットワークへの参加
石井さんは、薬局近隣や同地区の地域医療ネットワークに参加し、在宅医療の連携の輪を広げています。これらの場では、医師・理学療法士・ケアマネジャーなど多職種でのグループワークを行い、具体的な患者事例を持ち寄って、「今こういう患者さんがいるのですが、どうしたらいいでしょうか?」と相談し合い、情報を共有してアドバイスを受ける――そんな実践的な場になっています。
このように、石井さんは患者さんだけでなく、多職種とも「顔の見える関係」を築いています。
地域と歩むこれからの挑戦
次の患者さんのために、まだまだ前へ
石井さんは「店舗展開をしていき、関われる患者さんを増やしていきたい」と今後の目標を語ります。外来だけにとどまらず在宅支援を広げ、「顔の見える関係」で地域に寄り添う姿勢は変わりません。
「何かがきっかけとなり、思いがけないことにつながることもあるので、ぜひ積極的に行動してみるのがいいと思います」。当初は高齢者の在宅訪問を想定していたものの、地域の在宅訪問クリニックとのつながりから精神科の在宅訪問へと広がりました。「精神科だからといって身構える必要もなく、他の科の患者さんと変わりません。ハードルを上げすぎず在宅訪問に入っていくといいと思います」。

事業承継にあたっては家族からの不安もありましたが、いまは薬剤師の奥さまも力を添え、週末にはお子さんたちが薬局に顔を出します。「在宅訪問などで忙しくはありますが、まだまだ頑張れます!」。石井さんはこれからも、新潟の町で地域医療へまっすぐに貢献していきます。
編集:株式会社 医学アカデミー


