鳥取県で薬剤師として働くということ

生まれ育った鳥取県のために

現在、徳吉さんが代表取締役社長を務める徳吉薬局は1979年に開局しました。その開局の裏には、徳吉さんたち兄弟の誕生が関わっていたそうです。

「私は三つ子なのですが、私たちが生まれたことをきっかけに、祖父がこの薬局を開局しました。『三つ子がお金に将来困らないように』と考えたそうです。まだ医薬分業が珍しい時代で、鳥取県内で2番目くらいの開局だったと聞いています」。

薬局とともに成長した徳吉さんですが、もともと薬剤師になることを強く望んでいたわけではなかったといいます。「エジプトのピラミッドや化石にすごく興味があり、考古学者になりたいと思っていた」と当時を振り返る徳吉さん。しかし、家族の説得もあり、薬学の道へ進むことを決意。両親の母校である東京の大学へ進学し、卒業後は薬剤師として鳥取県へ戻る道を選びました。

「進学も就職も、敷かれたレールを進んだようなものだったので、正直なところ、“鳥取の医療に貢献したい”という思いは薄かったと思います。しかし、徐々に心境の変化があり、現在は鳥取の医療を、地元で生まれ育った私たちが担うべきだと感じています。今振り返ってみると、薬剤師の道を選んだことにも、鳥取に戻ってきたことにも、後悔は全くありません」。

現在は鳥取県で地域医療に積極的に取り組んでいる徳吉さん。鳥取県の地域医療に関わるにあたって、「薬を必要とする人に薬を届け、患者さんが自宅に帰る手助けをすること」は薬局の使命だと話します。

「他の地域でも同様だと思いますが、鳥取は薬剤師が不足している状況が続いており、薬局がなくなってしまったエリアもあります。たとえ遠くても、私たちがお薬を届けなければなりません。また、患者さんが自宅に帰るためにどうすべきかを考えるのも、私たちの役割だと思います」。

見つめ直す薬剤師の存在意義

もともとは薬剤師になるつもりはなかったと話す徳吉さんが現在、使命感をもって働いているのには、あるターニングポイントがありました。

「人生で初めての服薬指導を今でもよく覚えています。薬のことをいろいろ調べ、何を説明しようかとたくさん準備をして、いざ患者さんの前に行くと、服薬指導は何もさせてもらえず、会計を急かされて終わってしまいました。自分は患者さんに必要とされていないのだと感じ、とてもショックでした」。

また、在宅医療の現場でも、徳吉さんは薬剤師としての限界を感じる出来事に直面したと話します。ある患者さんがすでに亡くなっていたことを後から知らされたのです。

「定期的に処方箋が届くはずの患者さんの処方箋がまだ届いていないと気づき、クリニックに電話をしたら『2日前に亡くなりましたよ』と言われてしまいました。どうして教えてくれなかったんだろう、と悲しかったです」。

こうした経験から、徳吉さんは「薬剤師がいなくても医療は成り立つ」という、“はかなさ”や“無情感”を感じるようになりました。しかし、徳吉さんはそのはかなさを受け入れながらも、患者さんとのコミュニケーションを大切にし、薬剤師だからこそできることを模索し続けています。

「薬剤師としてのコミュニケーション能力は、相手が何に困っているのかを聞き出し、それをどう解決できるかを的確に説明し、実際に解決できることなのだと思います。コミュニケーションを通して問題を解決できたとき、患者さんに言ってもらえる『ありがとう』の言葉が、何よりのやりがいです」。

徳吉さんはこれまでの経験をもとに、「“サービス”と“ホスピタリティ”の2つの面から服薬指導を考え、患者さんのためになる選択をする」よう心がけています。

「選ばれる薬局」になるために

地域に本当に必要とされているか

徳吉薬局の理念は「More Than A Pharmacy」。「多くの薬局(A Pharmacy)の中で、選ばれる薬局(The Pharmacy)になりたい」との思いが込められた言葉です。この理念をもとに、徳吉さんは薬局の運営以外にもさまざまな活動の幅を広げています。

「選ばれる薬局になるためにどうすればよいかをいつも考えています。一般の方が処方箋なしで薬局に出入りする機会はほとんどないため、薬局のことを知ってもらうにはこちらからの働きかけが重要です。地域住民と接点をたくさんつくっていくことが地域貢献につながり、選ばれる薬局への近道になると信じています」。

現在、徳吉薬局では料理教室や講演会活動の実施、地元のサッカークラブのオフィシャルスポンサー就任など、幅広い活動に取り組んでいます。挑戦をし続ける徳吉さんが新たな一歩を踏み出すときに最も大切にしているのは、地域に本当に必要とされているかどうかをよく考えること。地域のニーズに応えたいという思いで取り組んでいる活動の1つに、病児保育室の運営があります。

偶然の出会いから病児保育室をスタート

病児保育室とは、保育所などでの集団保育を行うことが難しい病児・病後児を一時的に保育する施設のことで、保育士のほかに看護師が常駐する必要があります。保育所や診療所が運営を担っているケースが多いなかで、徳吉さんは薬局を母体に、2か所の病児保育室を運営しています。

「病児保育室を立ち上げるきっかけになったのは、子どもの体調不良で休むことの多かった職員から『病児保育室を使いたいけれど、数が少なくて結局預けられずに仕事を休むことになる』と聞いたことです。何とかしなければと思い、病児保育室の運営を決意しました」。

病児保育室の運営を決めた徳吉さんですが、開設に至るまでに多くの苦労を重ねたと話します。鳥取県内で病児保育室の補助や委託などを担当している部署がわからず、途方に暮れたこともありました。転機が訪れたのは、鳥取市内で開かれた医療関係者の会合でした。

「弟が参加した春の会合で、たまたま病児保育室を担当していた方と知り合う機会があったのです。病児保育室の運営に挑戦したいと思っている話をしたら、『ぜひやりましょう』と言ってくれました。まさに偶然の出会いでした」。

この出会いをきっかけに病児保育室開設への動きが加速し、2015年に晴れて1か所目の「病児保育室とくよし さかえまち」をオープンしました。また、2022年には2か所目の病児保育室となる「病児保育室とくよし こまち」を開設。2015年には4名だった保育士も現在は10名に増え、鳥取市全域とその周辺の地域から病児・病後児を受け入れています。

薬局での知識や経験を病児保育室にも

薬局が運営する病児保育室は全国でも類を見ません。しかし、薬局が病児保育室の運営を担うことで、さまざまなメリットが生まれていると徳吉さんは話します。

「私は、薬局も地域の医療を支えていると強く意識しています。病児保育室の運営は、地域の健康課題解決に寄与することができるのはもちろん、薬局のことを知ってもらうきっかけにもなり、よい相乗効果が生まれていると思います」。

また、病児保育室とくよしでは、薬局としての知識と経験をいかしたきめ細やかなサービスを提供することで、保護者が安心して仕事に専念できる環境を整えています。
薬の内服や管理栄養士監修の食事の提供、子どもの写真送信サービスなどを行っているほか、子どもに体調の変化があった場合には医師・看護師・薬剤師がすぐにかけつけられるようになっています。

「管理栄養士が常駐しているので、子どものアレルギーや体調にあわせた食事を提供することができています。また、預かっている間のお子さんの様子を保護者の方へ詳細に伝えるようにしており、希望する方には写真もお送りしています。これによって、保護者の安心感を高めるとともに、私たちへの信頼感も築けていると思います」。

薬局とは異なる形で地域の役に立つ仕事

徳吉さんが運営する病児保育室は、利用者から大きな反響があり、実際に利用した家庭からも多くの感謝の声が寄せられています。

「すべてのお子さんがそれぞれの家庭の宝物。私も仕事をしながら子育てを経験してきましたが、仕事を休みたくても休めなかったり、反対に仕事を度々休まなければいけなかったりするというのはとても大変ですよね。薬局とは異なる形で地域の方の役に立てていることを嬉しく思いますし、誇りにも感じています」。

病児保育室の運営に大きなやりがいを感じている徳吉さんは、職員がやりがいを感じることも大切にしているといいます。

「病児保育室では1対1の対応が多く、普通の保育所とは異なるつらさもあると思います。また、利用するお子さんが少ない日もあり、のんびりした雰囲気なので、やりがいをなくしてしまう可能性もあります。実際に、開設した当初は短い期間で退職してしまう職員もおり、職員の定着に苦労したこともありました。病児保育室で働く職員にもやりがいを感じてほしいです」。

徳吉さんや職員のやりがいにつながるものの1つに、病児保育室を利用した子どもや保護者から届く感謝の手紙があるといいます。「自分たちの仕事が誰かの役に立っているんだと実感でき、やりがいにつながっています」と笑みをこぼす徳吉さん。一人ひとりの子どもがどれだけ大切な存在であるかを職員全員で理解し合うように心がけています。

地域医療全体を支える存在を目指して

薬剤師の仕事にとらわれず進み続ける

病児保育室をはじめとしたさまざまな取組みにより、地域医療の最前線を走り続ける徳吉さん。さらに地域医療への貢献を深めていくため、徳吉さんは現在、フレイル予防やクリニックの運営など、新たな取組みを計画しています。

「現代では当たり前だと思われていることは、先人たちの苦労の上に成り立っています。そのような歴史をしっかりと学び、薬剤師という仕事の“はかなさ”を受け入れていくことも大切だと思います。ただ、もし何か変えなければならないことに出会ったら、変わるまで努力するしかありません。薬剤師の仕事、薬のことにとらわれずに進み続けたいですね」。

薬剤師としてのあり方を見つめ、薬局の枠を超えて、地域医療の最先端を走り続ける徳吉さん。これからも地域全体の健康と安心を支え、徳吉薬局を「薬局以上の存在」へ導き続けてゆくのでしょう。

(取材実施:2024年9月)
編集:株式会社 医学アカデミー