女性の力になる

MRとしての経験が今の行動の原点

宮原氏は大学卒業後、大学側からの推薦もあり外資系の製薬会社に就職しました。社内では女性MR1期生として業務に取り組む中で、現在でも活動を共にする方々と知り合う機会を得ました。

「当時は幸運なことに大学病院担当をしていたので、さまざまな診療科の専門領域の医師と知り合うことができました。その時の医師の中で今現在浅草に在住の高血圧専門の医師や整形外科の医師がいらっしゃり、再会をきっかけに今でも一緒にさまざまな地域活動をしています。MRの頃広がった人脈が今でもいきているなと実感しています。もう1つは薬剤師がもつべき学術技術としてのアカデミックディテーリングの考え方です。添付文書をつぶさに読み、論文を読み、医師に伝えていた技術が今も役に立っています」。

その後、臨床開発モニターとして女性疾患用製剤に携わった際に、日本の更年期医療の遅れを痛感し、「薬剤師の立場でできることがたくさんあるのでは」と考えたのが女性の健康サポート活動の最初のきっかけだといいます。臨床開発モニターを経験後も、女性疾患用製剤プロダクトマネージャーや学術担当として市場に出たホルモン補充療法(HRT)や乳がんの治療薬の開発や営業を経験できたことも幸運だったと話します。その後ずっと、女性ならではの疾患や健康支援と向き合ってきましたが、更年期についての知識をもっと広めていこうという思いから退職し、日本人女性に「女性の健康」と「食」に関わる情報を少しでも適正に幅広くお届けしたいという理念に基づいて株式会社ジェンダーメディカルリサーチを設立しました。

女性のキャリアを守る

株式会社ジェンダーメディカルリサーチを設立後は千葉県の女性外来の立ち上げや、医療者向けの女性疾患に関わる講座の講演などを中心に活動。また、現在宮原氏が理事長を務め、女性の健康支援を行っているNPO法人HAPでは、Webのセミナーを年間180回ほど実施しています。そして宮原氏自身も講演した内容について自らケイ薬局を通して現場で実践しています。現在、女性の健康支援活動を通してたくさんの方と繋がりを築いている宮原氏ですが、女性薬剤師の社会進出にはまだまだ難しさを感じていると話します。

「講演やメールのやりとりをしていると、自分も社会貢献をしたいという気持ちが強い女性薬剤師がとても多いです。そのような若い薬剤師さんには、40歳までに自分のやりたいこと、周辺領域の専門知識の習得やキャリアを築くよう伝えています。また子育て期間中は、自分の経験も大事にする、技術の貯金の時期であるとも話しています」。

薬剤師は女性が多く、出産などの機会にパートや短時間勤務になる方が多いです。そのため本人が仕事をがんばりたくても、なかなかキャリアを築き上げることが難しいと宮原氏はいいます。そのような薬剤師に宮原氏は、自分のライフプランを立てつつ40歳に向けて勉強を続けることで、自分のやりたいことを改めて考えることが重要であると教えています。

「私の講座は多くの女性が視聴してくれています。日々の自己研鑽を続ければキャリアについても改めて考えるようになりますし、やはり30~40代へのキャリア支援というのは非常に大事なことだと思います。新型コロナウイルス感染症の流行で良かったことの中に、Web研修が普及して、家でも履修ができるようになったことだと思います」。

宮原氏のケイ薬局では女性スタッフのキャリアを支援するために週4日勤務や在宅勤務を導入して、自己研鑽の時間をとれるよう支援しています。またお昼ご飯は宮原氏がまかないを作って従業員に提供しています。「2人や3人も子供がいるとお金もかかりますし、バランスのいいご飯を作るのも大変でしょう」と育児で忙しいお母さん薬剤師にも寄り添いながら働いています。

薬局で実施する女性サポート

緊急避妊薬の使用者を守る

2023年11月より緊急避妊薬の試験販売が開始されました。
ケイ薬局でも既に多くの購入希望者がおり、日々相談や指導に取り組んでいます。宮原氏はHAPでの講演の経験をいかし、販売時に妊娠や性と生殖に関する健康と権利(SRHR)についてもしっかり説明を行うようにしています。緊急避妊薬販売においてSRHRはとても重要な概念です。

「緊急避妊薬の使用はその人の人生の1つのターニングポイントになる可能性が高いと考えています。そのような困ったときにこそ、なんでも頼れる場所が1つでもあるというのが大切だと思います」。

緊急避妊薬の使用は使用者にとって大きな選択を伴います。宮原氏はこの選択において、改めて出産を望むかどうかやキャリアプランの変更が生じないかなどについても確認し、一人ひとりに真摯に対応しています。

女性を守るための薬局内の工夫

ケイ薬局では、女性の健康サポートを行う上で薬局としての機能と薬剤師としての職能の2つのベクトルに注目した店舗づくりを心掛けているそうです。
例えば、薬局内には目につく場所にさまざまな案内チラシやポスターを配置しています。そして薬剤師は患者さんの目の動きや表情を観察し、興味関心をもったタイミングで必要なキーワードを提示することによって、患者さんが知りたい情報を手に入れられるようにサポートしています。
またケイ薬局では患者さんのプライバシーに配慮し、半個室の服薬指導スペースを設置しています。半個室スペースは患者さんに安心感を提供し、ゆっくりと話をする時間をつくる機能も果たしています。

「患者さんから頼られる経験というのは薬剤師にとって大事だと思います。そのためには一定時間その患者さんと過ごさなくてはいけません。そうすれば自然と自分を頼ってくれるようになりますし、私も頼られて嬉しくなります」。

ケイ薬局では患者さんが頼りやすい工夫と薬剤師の思いやりが患者さんの安心感と信頼に繋がっています。

地域の住民を多方面から支援する

患者さん中心の待ち時間対策とお届けのサービス

多くの薬局で取り組まれている「かかりつけ薬剤師」。宮原氏はかかりつけ薬剤師としても多くの患者さんの対応をしています。
ケイ薬局の特徴的な取り組みとして、緊急の薬の処方以外では基本的に患者さんを待合室で待たせません。アプリを利用して事前に処方箋の情報を共有してもらったり、高齢でアプリが使えない方には薬をご自宅へ届けたりといった対応を行っています。

「調剤から服薬指導までは20分程度の時間を要しますが、患者さんの心理だと『20分もかかるの?』と感じることが少なくありません。新型コロナウイルス感染症を心配される患者さんも多く、時間がかかる際には基本的にお届けをしています」。

新型コロナウイルス感染症の流行時には「基本的に全ての薬を患者さんのご自宅へお届けしており大変だった」と振り返る一方で、「お届けすることで、患者さんがどのようなところに住んでいるのか、一人暮らしなのか、どんな人なのかなどがよくわかった」と患者さんの理解を深めるきっかけになったそうです。

自分のいる地域を愛する

地域に根差すためにはまずその地域を好きになることが大事だと宮原氏は話します。

「自分が勤めている薬局の地域や自分が住んでいる地域を好きになる。その好きな地域のために自分は何ができるのかを考えるといろいろな発想に繋がります。急に震災が来たら地域の人はどこでご飯を食べるのだろうか、近所のおばあさんはどうするのだろうかなどと普段の薬局業務では考えない思考から始め、プラスして薬剤師として職能を発揮できるにはどうしたらよいのだろうかと考えるようにしています」。

東日本大震災の際にもこの考えに基づいて地域の方を助けられたそうです。地震発生後は薬局の近所の飲食店と連携して食事の提供を行ったり、近くに住む看護師やケアマネジャーと連携して自宅に帰れない学生を泊めてあげたりと、地域住民としてさまざまな取り組みを実施しました。また新型コロナウイルス感染症の流行時にも近隣住民と協力して、近くで暮らす一人暮らしの方のためにお惣菜の販売をしたといいます。お惣菜販売時には、食中毒にならないように消毒の指導も同時に行い、薬剤師としての職能も発揮しました。

これらの経験を通して、地域での助け合いを実現するためには、住んでいる地域で自分のことを気にしてくれる人を3人見つけることが重要だと宮原氏は考えました。今では「3人あなたのことを気にしてくれる人がいれば、災害時でも助かる」ということを地域住民に伝えています。そしてそのうちの1人に薬局の薬剤師を選んでくれたら嬉しいといいます。

「私は薬局の薬剤師のロールモデルにはなれないかもしれないけれど、地域の住民としてはロールモデルになれると思います」。

宮原氏は1人の薬剤師である前に、1人の住民として地域で助け合っていく姿勢を多くの住民にいつも示しています。台東区の市民後見人制度の研修を受け市民生活支援員としても活動しており、医療介護者の会議には市民生活支援員として参加することもあります。住民の権利擁護は大切なことだと考えているそうです。

エネルギー源は「人の役に立ちたい」という気持ち

自分を育ててくれた地域への恩返し

宮原氏が目指しているのは「地域や職場、家庭などさまざまな環境で人として、そして薬剤師として貢献できる人である」こと。そのために薬剤師として人間としての多様な視点を経験し、人脈を含めて地域の社会資源情報について身に付け、たくさんの活動に取り組んでいます。

宮原氏の活力は「人の役に立ちたい」という強い気持ち。地域の高齢者だけでなく、若い女性や医療的ケア児のお母さんなど宮原氏を頼る多くの方々のために、薬局の管理薬剤師として、女性の健康サポート講演の演者として、そして時には1人の住民として毎日走り回ります。

「近所のお世話になった方のことをみなきゃという気持ちは強いです。プライドをもって最後まで生き切るっていうのが大事なので。私を頼ってくれる皆さんの世話を私もしたいです。それが今の私に与えられている使命なのではないかと思います」。

地域の方々に寄り添いながら活躍し続ける宮原氏。これからも地域の住民として、そして薬剤師として、さまざまな形で多くの人の支えになっていくのでしょう。

(取材実施:2024年1月)
編集:株式会社 医学アカデミー