日本初、救急薬学分野の開設
緊急時に対応できる薬剤師が必要であることを痛感した私は、岡山大学に帰ってから医療関係者に自分の体験や考えを伝えるべく、講演させていただきました。その話に当時の薬剤部長が感銘を受けてくださり、救急薬学分野を立ち上げようということになったのです。時を同じくして岡山大学病院に高度救命救急センターが開設されることになり、病院長からはセンターの医療チームに入ることを要請されました。そうして、2012年3月に岡山大学薬学部に救急薬学分野が、同年4月に岡山大学病院に高度救命救急センターが開設されました。現在、救急薬学分野に籍をおく学生は、大学院生も入れて8名います。緊急時に対応できる薬剤師は、基本、ゼネラリストでなければなりませんし、チームの中でいかに上手くコミュニケーションを取り、一緒に活動できるかが求められます。そういう意味では、ハードルの高い分野だと思います。しかし従来、基礎薬学等、サイエンスが中心であった薬学教育は、6年制になり、臨床もしっかりと学ぶ場に変貌しつつあります。これからの薬剤師に求められるのは基礎薬学等の知識に加え、臨床判断能力、現場対応力さらには臨床研究への貢献です。その面では、救急薬学分野は非常に学び甲斐のある分野だと言えるでしょう。
東日本大震災の教訓が生かされた熊本地震における活動
2016年4月14日に起きた熊本地震では、私は3度、被災地での医療支援活動を行いました。1度目は、DMAT (Disaster Medical Assistance Team:発災後48時間以内に活動を開始し、72時間で撤収を検討する超急性期の災害医療支援を行うチーム)に自ら参加し、2度目はAMDA(The Association of Medical Doctors of Asia:岡山市に本部をおく医療・保健衛生分野を中心とする緊急人道支援活動を展開するNPO法人)からの要請で、チームに参加し、4月28日から1週間ほど益城町の避難所で活動しました。3度目は、日本薬剤師会の要請を受け、5月10日に薬剤師チームの一員として現地入りしました。
熊本地震は局地的で、東日本大震災と比較するのは難しいですが、東日本大震災の教訓が活かされていることは実感しました。日本薬剤師会から派遣された薬剤師チームは震災直後から現地入りして、入れ替わりながら活動を続けていましたし、原則、必要な医薬品を注文してから届けるシステムになっていましたので、無駄も少なかったと思います。
私たち薬剤師は、東日本大震災でのような診療支援だけでなく、感染予防にも注力しました。水の供給がままならない中、消毒薬をその場で作って配ったり、咳をしている人は個室に居てもらうようにしたり、徹底して気を配りましたので、インフルエンザやノロウィルスの爆発的な感染拡大を防ぐことができたと思います。また、環境衛生のために避難所の二酸化炭素濃度測定やトイレの衛生管理も行っていました。熊本地震も大変不幸な災いでしたが、私たちは貴重な経験をし、多くを学びました。薬学教育においても災害時対応への注目度が高まり、その経験が活かされつつあります。今、私は、熊本地震において使用した医薬品を全てリストアップし、集計しています。どの程度の規模の地震にどのような医薬品がどのくらい必要か、また費用はどのくらいになるのか、今後の災害時への備えに役立てればと思っています。
求められるのは究極のチーム医療
緊急性を求められる現場対応という意味では、救急医療も災害医療も ‘しなければいけないこと’ は基本的に同じです。しかし、人材や物資が一通り揃い、マニュアル通りに動くことをベースにする救急医療に比べ、災害医療は人材も物資も不足する中で、現場状況を判断し指揮命令系統を確認しながら、連携し合って対応しなければなりません。できることもその場によって違ってきます。もちろん、災害時のマニュアルはありますが、予測不能なことが多く、なかなかその通りに動いても上手くいかないのが実情です。ですから経験が一番の学びだと思います。しかし、現場で求められるのは、冷静で洞察力があり、協調性のある人だということを知っておくことも大切です。災害医療支援活動に参加しようという人は、使命感にあふれ、積極的でやる気のある人が多いですから、つい、自分の判断で、良かれと思って動いてしまい、それがトラブルの元になるというケースもあります。災害時だからこそ、決められた指揮命令系統を把握して守り、混乱をきたさないよう周囲に気を配ることが重要です。たくさんのチームが全国から集まっており、見知らぬチーム同士が連携して動かなければなりません。災害医療支援活動は、究極のチーム医療といえるでしょう。
熊本地震時の支援活動の様子