チーム医療における病院薬剤師の役割
NIPRO

Vol. 02 国立長寿医療研究センター・もの忘れセンター

背景 愛知県大府市にある国立長寿医療研究センターは、高齢者の心と体の自立を促進し、健康長寿社会の構築を理念とした医療機関である。その中にある「もの忘れセンター」は、厚生労働省が全国に設置しようと計画している認知症疾患医療センターのモデルとなることを目標に開設され、2010年9月に外来部門、2011年4月に入院部門を稼働した。

教育・研究主任 木ノ下 智康先生に訊く
在宅を含むチーム医療の推進

薬剤師外来スタートのために

もの忘れセンターでの私の役割は、主に他部署との折衝だと考えています。これまで、最も労力を要したのは、薬剤師外来の開設時でした。複数の医師から様々なニーズをお聞きしていましたが、薬剤部として、人員と時間をどのくらい割けるか、スケジュールも含めた調整が必要だったからです。限りある人員と業務のバランスを考えると、全てのニーズに応えられないのが現実でしたので、優先や限界について、その根拠を各先生方に説明して、納得していただかなくてはなりませんでした。そこで最初のルール決めについて、プロトコルを作成し、1人ひとりの先生方と話し合い、薬剤部の事情と考えを真摯な態度で説明させていただきました。そして皆さんのニーズに合わせた軌道修正を行い、ご理解いただきました。お陰様で、薬剤師外来は、大きなトラブルもなく順調に稼働しております。この経験を振り返ってみて、スタート時にチームを組む多職種の人にきちんとご理解いただくための努力はとても重要だと思います。

地域との連携

もう一つ、私は、患者さんが自宅でも服薬管理の面で、適切なサポートが受けられるよう、保険薬局やケアマネジャーの方をコーディネート、つまり患者さんとつなげる役割を担っています。私は、以前より在宅医療支援病棟を担当しており、在宅医療連携の推進に携わってきました。そのノウハウをもの忘れセンターにも投入し、地域連携室と協働しながら、1人ひとりの患者さんのレベルに合った支援方法を考え、それを実現する努力をしています。外来患者さんでは、介護までは必要なくてもアドヒアランス向上のために訪問服薬指導の導入を提案することもあります。また、入院患者さんに対しては、病棟担当薬剤師と共に退院後の服薬環境支援方法について検討しています。薬剤師による支援が必要な場合、地域の保険薬局薬剤師に訪問服薬指導の依頼や退院前カンファレンスへの参加を連絡し、退院後も保険薬局薬剤師やケアマネジャーなどの相談窓口としての役割を果たしています。
数年かけて、‘顔が見える関係’が構築できていますので、連携はスムーズに実現できていると思います。チーム医療では、院内にしろ、地域にしろ、多職種がお互いすぐにコンタクトが取れる関係にあることが、重要なのではないでしょうか。それは患者さんのメリットに直結すると考えています。一方、もの忘れセンターに関わって、認知症の分野においても薬剤師が必要な場面は数多くあることが実感でき、そのことがひとつの成果だと思っています。

今後の課題と目標

もの忘れセンターでの取り組みについては、アドヒアランス向上の成果をまとめ、発表の機会を得ていますが、エビデンスを提示するには、症例数が足らず、もう少し時間がかかると思います。認知症患者さんに薬剤師が関わることで、アドヒアランスが上がり、患者さんのメリットにつながることは実感できていますので、エビデンスを出し、他の医療機関への啓発につなげたいと思います。そして一つの大きな目標は、外来業務の点数化です。そのためにも、まずは複数の施設で取り組み、症例数を増やすことが重要だと考えています。
また、チーム医療において、各部署、多職種とのつなぎ目の役割を務めること、そして薬剤師に何ができるかを周知してもらうことは、とても重要です。例えば退院前カンファレンスに薬剤師が参加するにしても、必要とされているか、が始まりだからです。当院でも最初は呼ばれなくても自ら参加し、何ができるかを示すうちに、呼ばれるようになりました。「呼ばれない、忙しくて行けない」というところで立ち止まるのではなく、必要とされるかどうかが問題であることをしっかり考える必要があります。そしてチームへの働きかけは、薬剤師が意識を高く持ち、組織的に取り組んでいくことが大切だと思っています。

Doctor’s Comment

もの忘れセンター長 櫻井 孝先生に、センターの目指すところ、チーム医療の大切さ、そして薬剤師への評価と期待について、お話いただきました。

もの忘れセンター長 櫻井 孝先生に訊く
センターの使命と薬剤師への期待

もの忘れセンター長 櫻井 孝先生

センターの使命と体制

当センターは、認知症の患者さんに対して、鑑別診断はもちろんのこと、その後の経過を診ながら適切な医療とケアを提供することをコンセプトにしています。もの忘れ外来は全国に数多くありますが、鑑別診断が主で、長期の療養指導を行えるところは少ないのが現状です。そのような中で、シームレスな医療とケアを提供し、モデルとなることが私たちの使命だと思っています。
体制は、認知症の患者さんはどなたでも受け入れるというものです。認知症の新患患者はもちろん、各臓器別診療科の医師が、認知機能低下を持つ患者さんを一つの外来に集めて診療することもあります。入院でも認知症の他に、何かの身体疾患を持っておられる患者さんがほとんどです。例えば、白内障の手術をされた患者さんが認知症であれば、周術期を当センターの病棟で過ごされることもあります。この場合、主治医が眼科、副主治医に認知症を診る主要三科、すなわち高齢総合内科、精神科、神経内科のいずれかの医師が付きます。そして、多職種によるチームが、適切な医療とケアを支えます。
多職種連携によるチーム医療は、開設時より不可欠だと考えていましたので、準備期間に何度も話合いを重ねて協力を仰ぎました。各科、各職種の垣根は決して低いものではありませんでしたが、努力すれば、どの医療機関でも実現できると思います。
また、多職種連携では、情報共有が要になりますが、当センターでは、患者さんに対して、臨床心理士が高齢者総合機能評価(CGA)を行い、これを電子カルテ上で見ることができます。チーム医療が成功している要因としては、こうした情報共有ツールの存在も大きいと思います。

薬剤師の役割

認知症では、様々な機能が低下しますが、早期から確実に落ちてくるものの一つに服薬管理があります。正確に薬を飲んでいただくことは最も重要な課題であり、それが治療効果に直結します。服薬指導を医師が行う施設も少なくありませんが、当センターでは、薬剤師の添田さんにお願いし、アドヒアランスの向上という重要な役割を担っていただいております。そのお蔭で、医師は医師の業務に専念することができています。現在は、新しく処方が追加された患者さんを対象としていますが、状況が許せば、ぜひ全例への対応をお願いしたいですね。
もう一つ、薬剤師の大きな役割としては、患者さん本人および家族に対しての啓発があります。認知症外来では、ご家族の介護負担や思いを考慮することが大切ですので、家族教室を設け、医師、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカーが分業しながら、ご家族の知りたい情報を提供しています。認知症の経過によって、状況およびご家族の思いも変化しますので、診断が付いた直後の方、数年の介護経験を持たれる方、かなりベテランの介護者、というグループに分けて情報提供を行います。薬剤師が活躍するのは、主に初期段階になります。初期には、認知症とは何か、治療薬はあるのか、というような医療についての疑問を持たれている方が多く、薬のことは薬剤師が対応します。そして、患者さんの関心は、時間が経過するほど、症状への対応等、ケアに関することへシフトしていきます。

将来展望と薬剤師への期待

当センターには、現在、年間約1200名の新患があり、そのうち約3割は、継続して通院されています。また、かかりつけ医に逆紹介した患者さんでも、年に一度は再診に来ていただいています。当初の目的であった、切れ目のない医療を提供することは、ほぼ達成できていると思います。
今後は、厚生労働省の新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略、2015年1月発表)の柱である‘患者さん本人の参加’、‘MCI(軽度認知障害)の予防’、‘非薬物療法’について、どのように推進していくか、を検討する必要があります。薬剤師に限って言えば、まず、‘MCIの予防’に関わっていただき、‘本人参加’は、その内面を掘り下げて考えた上で、関わりを検討することになるでしょう。
一方、現在使われている治療薬は、いずれも症状の進行を遅らせる薬であり、今後は、根本治療を目指す治験薬に大きな期待が寄せられています。ですから、薬剤師から患者さんやそのご家族に対して、薬物治療の現状と将来の展望についてもお話し、勇気付けて欲しいと思います。また、治験薬以外にも、循環器や糖尿病の薬などで脳機能にやさしいものもありますから、認知症に対して可能性のある薬については、幅広く知識を持ち、そうした情報提供をしていただければと思います。
ここ数年で認知症に対する理解は飛躍的に高まり、また治療とケアにおけるアプローチの方法もずいぶん増えてきました。その中で、今後ますますMCIの発見が重要になってきます。あらゆる職種に早期発見に関わっていただきたいと思います。薬剤師ということでは、開局薬剤師にもぜひ、認知症に対する意識を高く持っていただきたいと願っています。

Data

国立長寿医療研究センター:
病床数383、8病棟(地域包括ケア病棟1、回復期リハビリテーション病棟1を含む)

もの忘れセンター:
一般病床30床
薬剤師数13名、うち1名が「もの忘れセンター」常駐

2012年8月、病棟薬剤業務実施加算、算定