薬剤師トレンドBOX#15
訪日外国人観光客の急増もあり、今や薬局でも多言語対応が必須となりつつありますが、日本人同士であっても微妙な言語の違いが生じる場合があることをご存知でしょうか。それは耳の聞こえない『ろう者』とのコミュニケーションです。
ろう者との会話は一般的に筆談や口の動きを読み取る読唇で行われ、バリアフリー意識が定着した近年は薬局を含む様々なところで「筆談できます」といった対応が普及しています。しかしながら、手話を習得してろう者の服薬支援に取り組む薬剤師グループの1人である大熊理恵子さん(京都・ダイガク薬局むろまち勤務)は、「手の動きや顔の表情で伝える手話は、声・文字による日本語と比べて文法的な違いが多く、実は言語体系が根本的に異なります」と解説します。
「ろう者にとって日本語は言ってみれば第二言語に等しく、筆談などでは大まかな意味・意図は伝わっても正確な意思疎通となると難しいものがあるのです」。
ろうあ文化祭で相談に応じる様子
教育現場においてろう者に十分な配慮がされてこなかった影響で日本語の読み書きが苦手な人も少なくないことから、そもそも筆談でのコミュニケーションには限界があるといいます。
ろう者の柴田昌彦さん(大阪急性期・総合医療センター勤務)が発起人となった大熊さんらの薬剤師グループは、2013年から関西のろう者のイベントなどでお薬相談会に取組んでいます。そのなかで2016年までに行った合計52例の相談内容を整理したところ、実に9割が医療従事者とのコミュニケーション不足から病気や服薬に関する認識が充分でなく、不安を抱えながらも相談できないままでいたという実態を目の当たりにしています。
筆談では正確な意思疎通が図れずに用法・用量を誤っているケースや、自分の症状がうまく伝えられないことから自己判断で服用を止めてしまったり、逆に処方された薬を言われるままに飲み続け、10年以上やり過ごしているような人もあったそうです。
このようなことでは薬物治療の成果が充分に得られないばかりか、適正使用の観点から危険な状態と言えます。大熊さんらは相談活動で得た実態を伝えながら、「薬剤師が伝えられたと思っていても、ろう者には筆談だけでは十分に伝わっていない危惧があることを知って欲しい」と呼びかけています。
グループのお薬相談会では、これまで医療従事者と満足なコミュニケーションをとることができず、治療に不信感を持っていたろう者と、改めて手話で対話し、本人の考えに傾聴しながら説明することで治療に前向きさを取り戻すことに至ったという成果も得ています。
「相談に来たろう者の多くが初めて手話で病気や薬のことを話せたと喜び、もっと手話で相談できる場が欲しいと訴えています」。そう大熊さんは説明する一方、手話を使える薬剤師が増えるのは理想として、「まずはろう者に対する服用支援の必要性や危機感を薬剤師全体で共有したいと考えています」と語ります。
国内のろう者数は約10万人とも言われています。「想像される以上にろう者は身近な存在なんです。言葉の問題から不安や悩みを打ち明けられず、場合によっては健康被害の心配を抱える人が少なくないことを認識し、どんな人も受け入れる努力をすることは薬剤師として大切だと思います」と大熊さん。かかりつけ薬剤師として個別の患者対応をより極めていく流れにおいても、ろう者への服薬支援は大きな課題の一つとなっています。
(2018年5月掲載)
編集:薬局新聞社