薬剤師トレンドBOX#5
東日本大震災以降、東海や首都圏などで新たな震災の可能性が取りざたされる状況も踏まえ、薬局・薬剤師の業務に対する災害対策意識が急速に高まっています。特に津波で集落そのものが消失するという未曽有の被害を及ぼした先の震災では、医薬分業の進展に伴って備蓄薬や薬物療法に関わる情報が医療機関から薬局に移行するなか、混乱する災害医療支援の現場で患者の処方内容や服薬状況の推測から代替薬の調達、またお薬手帳の重要性なども含めて薬局・薬剤師の存在が一気に際立ちました。
この経験と教訓は各地の薬剤師会などで災害対策マニュアルの作成や関連の研修、非常時対応の体制などの組織的な整備等に結び付いています。とりわけ継続的な被災地支援において、健康・衛生・服用状態の確認を通じて生活者に寄り添った相談応需や生活上の悩みの解決、市販薬の提案と、地域における日頃の身近な活動の重要性を際立たせる状況があり、それがまた薬局・薬剤師における災害対策の基本として大きな鍵を握ることも指摘されています。
仮設住宅住民とのコミュニケーションの様子
「震災直後は薬局に来られる人への対応で手一杯だったこともあり、地域が見えていなかったことを痛感させられました」と語るのは、被災から4年を経た岩手県気仙地区(大船渡市、陸前高田市、住田町)で今なお町の復興と被災者支援に奮闘する協同組合気仙ファーマシー気仙中央薬局所属の横澤臣紀氏。気仙薬剤師会は平成25年度に大船渡市から委託された『被災者健康づくりサポート事業』で同市内の個人宅や仮設住宅を延べ30人余りの薬剤師が訪問。個別に健康上の相談に対応するとともに、集会所や公民館で薬や健康に関する講話を行うといった地域活動に取り組みました。
もともと気仙薬剤師会は震災後しばらくの間、支援医薬品の有効活用を目指して当時4200戸あった仮設住宅の全戸訪問を行っており、この時に配布したOTC医薬品の期限切れチェックを兼ねて地域にヒアリングに出向いたことが被災者サポート事業の契機になったと言います。「仮設住宅では生活の不満や将来への不安などで心を病んでいる人が多く、薬剤師が地域に出向いて直接話を伺い、相談を受け、個別に対応することで何かに役立つことがあるのではと考えました」。
寄せられた相談内容は、『薬を飲み忘れた時の対処法』といった服薬に関する素朴な質問から『受診の相談』、『震災後からストレスで腹痛・便秘』『家族や家を失って気持ちが塞いでいる』『認知症の親の介護』などと多岐に渡りましたが、当然その全てに薬剤師が対処できるわけではありません。ただ、「薬を起点として薬剤師が気軽に話を聞いてあげるだけでも、何かしら健康の不安や悩みを解消できる機会になり、また相談内容によってはかかりつけの医療機関や薬局、行政、傾聴ボランティアなどに繋ぎました」と、横澤氏は一定の手応えを説明します。
「比較的参加人数の多い場合は講演形式をとることが多いです」(横澤氏)
さらにこうした活動自体について横澤氏は「薬局の窓口でも日常的に行っていること」であるとともに、「医療機関より薬局、薬局より自宅と、住民にとっては当然、よりホームに近い環境になるほど自分を出しやすくなり、遠慮したり周囲を気にせず想いを出せる環境をつくることができた意義を感じます。さらに医療を利用していないような人とも話す機会を持つことで、状態によって健診や受診を勧奨することもできました」と強調します。これは高齢社会に伴って今、薬局が国から求められている地域の健康情報拠点化にも通じる展開が思い出されるところです。
例えば在宅医療などでは“薬局から地域に出ること”が最初のハードルに指摘されますが、横澤氏は復興途上の被災地対応にあって「出ていくことには特に抵抗は感じませんでしたね。むしろ何か被災者にしなければと考えるなか、『まずは行ってみなければ何もわからない』と役割を求めて自然に出ていく形になったと思います。薬剤師は人の話を聞くというスキルは持っているはずですし、その意味で改めて考えると『居宅もカウンターもやることは変わらない』ということを実感したと思います」と振り返ります。
生命・生活という地域の本質に関わる災害対策の現場では、同時に業務の本質も鮮明になります。市の委託事業は終了しましたが、この手応えのもとで気仙薬剤師会は「訪問活動は薬剤師と地域を直接つなぐ手段、生の生活者の声や要求を得る機会」として27年度も取組みを継続していく方針です。地域包括ケアシステムを舞台に、各方面で進みつつある薬局・薬剤師の新たな可能性をめぐる取組みは、まさに新たな街づくりに立ち上がる被災地でもいち早く芽生え始めているようです。
講話ではカプセル剤、点眼剤や貼付剤などのデバイスを持参して使い方を説明することも
(2015年3月掲載)
編集:薬局新聞社