薬剤師として「すべては患者さんのために」

薬学部での経験が現在の原点に

大学病院で高度な薬物治療を学び、薬局では小児を中心に患者さんの暮らしに向き合い、現場で抱いた疑問を研究へとつなげてきた越野さん。臨床、研究、教育へと活動の場を広げる中で、一貫して大切にしているのが「すべては患者さんのために」という思いです。

その歩みの始まりは、大学時代にさかのぼります。看護師として働く母親と姉の姿を身近に見て育った越野さん。母親から薬学部を勧められたことをきっかけに薬剤師という職業に関心を持ち、香川県外の大学へ進学しました。大学では薬学的な知識を学ぶだけでなく、医療現場で生じた課題を扱う研究活動にも積極的に取り組みました。

「いろいろな研究室がある中で、臨床に即した実験研究を行う研究室に所属していました。病院や薬局の先生から、簡易懸濁法についての問題点を共有いただき、それを実際に調査していました。臨床で生まれた問題を解決することが、患者さんや医療従事者のためになると実感したきっかけだったと思います」。

医療現場の課題を研究によって明らかにし、その成果を患者さんへ還元する。研究の意義を肌で感じた越野さんは、この頃から「臨床で経験を積みながら大学院へ進学し、研究や教育にも携わる」という将来を思い描くようになりました。

高度な薬物治療を学ぶため、新卒で大学病院へ

2014年に大学を卒業し、香川県内の大学病院へ就職。大学病院を就職先に選んだのは、地元香川県で働きたいという思いと、大学病院でしか見られない難しい症例や高度な薬物治療を学びたいという思いからでした。泌尿器・副腎・腎移植外科、精神科、呼吸器系など、さまざまな診療科の患者さんと関わり、難しい症例にも数多く直面したと当時を振り返ります。

「重い疾患を抱え、わらにもすがる思いで治療を受ける方も多い中で、私自身まだ経験年数が浅く、自分の知識不足を感じることもありました。患者さんから感謝の言葉を頂くたびに、もっと頑張らなければならないと思ったのを覚えています。大学病院で働いたのはとてもよい経験でした」。

薬剤師として患者さんのために何ができるのか。難しい症例に向き合いながら考え続けた経験が、現在まで続く越野さんの学びの姿勢をつくっています。

病院で得た知識を、退院後の暮らしへ

大学病院で経験を積み、薬剤師としての基盤を築いた越野さんは、退院後の暮らしを支える薬局薬剤師の役割にも早くから関心を寄せていました。

「もともと、病院で働いた後、いつか薬局へ転職すると決めていました。なぜなら、患者さんが急性期の病院で過ごすのは1週間から10日くらいで、退院した後の薬学的ケアを担うのは地域の薬局薬剤師だと思うからです。病院で身につけた知識を生かしながら、患者さんの生活を支える仕事がしたいと考えていました」。

2018年、上司からの誘いもあり、きむら調剤薬局へ転職。小児科の門前薬局である牟礼店で新しいスタートを切りました。

「大学病院で薬剤師として働き始めた当初からお世話になっていた上司が、きむら調剤薬局で一緒に働かないかと声をかけてくれました。薬局で働きたいという思いと、上司の力になりたいという気持ちが重なり、転職を決意しました」。

小児科門前薬局で知った、薬を飲んでもらうことの難しさ

未経験だった小児医療で見出した薬剤師の役割

新たなスタートを切った越野さんですが、ほぼ未経験だった小児医療の分野に取り組むことは、不安もあったといいます。

「病院薬剤師時代は、小児の患者さんと関わる機会がほとんどありませんでした。成人とは薬の量が異なり、細かな用量調整も必要になるため、知識も経験もないゼロからのスタートに、不安がなかったわけではありません。また、病院や大手薬局のように、すぐに相談できるメンターも身近におらず、毎日が手探りでした。それでも、自分で調べ、先生に提案することを繰り返しながら、少しずつ対応できるようになっていったと思います」。

経験を重ねる中で、越野さんの視点は、子ども本人が実際に薬を飲めるか、ご家族が無理なく服薬を支えられるかという点へと広がっていきました。一人ひとりの生活に合わせて続けられる服薬方法を考えることが、薬局薬剤師の大切な役割だと実感したといいます。

また、病院と薬局では、薬剤師として感じるやりがいにも違いがありました。

「病院では、治療や副作用対策について医師に提案し、その効果を目の前で確認できたときにやりがいを感じていました。一方、薬局では、患者さんがどんどん元気になり、いつも通りの生活を送れている姿を見られることが嬉しく、大きなやりがいを感じます」。

薬を渡すだけでは終わらない小児の服薬指導

薬局で小児医療に携わるようになり、越野さんが特に難しさを感じたのが、服薬指導でした。
「成人の患者さんであれば、薬をお渡しすることで正しく服用してくださることも多いと思います。また、病院では、看護師さんがきちんと飲めているかを確認してくださいます。小児の場合は、薬を渡すだけでは飲んでもらえないことを改めて実感しました」。

薬局で関わる小児の患者さんの服薬状況には、保育園や学校での過ごし方に加え、ご家族の仕事や家庭の事情も大きく影響します。そのため、薬の内容だけでなく、子どものご家族の生活スタイルまで丁寧に確認しなければなりません。

「例えば、朝昼夕に服用する薬が処方されても、保育園で薬を管理できない場合には、朝夕の2回に変更できないかを医師に提案します。ご家族が夜間に働いているご家庭であれば、寝る前の薬をご家族の出勤前に変更できないかを検討しなければなりません。ご自宅で誰が薬を管理しているのか、保育園や学校、ご自宅でどのように過ごしているのかまで考えることが大切です」。

また、越野さんは、子ども本人にも分かりやすく説明することを心がけています。年齢に応じて薬を飲む意味を少しずつ理解してもらうことが、子ども自身の服薬への参加につながり、保護者の負担を軽くすることにもなるといいます。

一方、子どもの服薬指導では、「薬を嫌がって飲んでくれない」「どうしても飲ませられない」といった相談も珍しくありません。越野さんは、無理に飲ませることだけが正解ではないと話します。

「必ずしも服用が必要な薬でない場合では、無理に飲ませようとしてご家族が疲弊してしまう可能性もあります。そんな場合には水分補給や栄養管理など、薬以外の方法を提案することも薬剤師の役割だと考えています」。

子どもの成長を見守る、薬局薬剤師ならではの喜び

病院で治療を受けている間だけでなく、その後の生活にも関わりたいと考え、薬局薬剤師の道を選んだ越野さん。小児科門前薬局で働く中では、幼い頃から通っていた子どもたちが成長していく姿にも数多く立ち会ってきました。

「小さい頃によく中耳炎や風邪で来ていた子が、大きくなって部活動などに励んでいる姿を見たときは感動しました。最近薬局に来なくなったなと思うこともありますが、それは風邪を引くことが減り、元気に成長したんだろうなと嬉しく思っています。子どもの成長を感じられるのは、小児科門前薬局ならではの楽しみです」。

患者さんの変化を日々の暮らしの中で見守れることは、越野さんにとって、薬局薬剤師として感じる大きな喜びの一つとなっています。

現場の疑問を解決するため研究の道を極める

薬局で働きながら研究活動を開始

「苦い薬を、子どもたちはどうやって飲んでいるのか」「薬剤師による疑義照会には、どのような内容が多いのか」「副作用はいつ、どのような患者さんに生じやすいのか」。薬局での経験を重ねる中で次々と疑問が生まれた越野さんは、2021年に大学院へ進学しました。
薬局で働きながら、平日の休みや土日を利用して大学院へ通い、研究活動に取り組んだ越野さん。勤務先の理解と協力が、その挑戦を続ける大きな支えになったといいます。

「大学院へ行くことは学生の頃から決めていました。転職の際もその思いを伝えていましたし、薬局にはもともと大学病院で働いていた上司や先輩方が多いのもあって、背中を押してもらいました。休日や退勤後を研究に費やす毎日でしたが、『ようやくやりたかったことができる』という気持ちが強かったので、研究そのものを苦に感じることはありませんでした。勤務を調整し、快く送り出してくれた職場にはとても感謝しています」。

薬局で生まれた疑問を、患者さんに還元できる知見へ

大学院では、小児の処方に対する疑義照会や、小児期注意欠如・多動症患者における治療薬の副作用など、小児薬物療法に関する研究に取り組みました。
さらに、薬局から医療機関へ提出したトレーシングレポートによって副作用を回避した事例を医療経済的な視点から評価した研究では、薬局薬剤師の介入の価値を数値として示し、日本薬剤師会学術大会では最優秀賞を受賞しました。

「薬剤師による研究の多くが、病院薬剤師の先生方の研究です。これまで病院薬剤師が研究成果を積み重ねてきたことで、病棟業務の評価や診療報酬上の加算にもつながってきたのだと思います。薬局薬剤師も、自分たちの仕事が患者さんや医療にどのような価値をもたらしているのかを示していかなければなりません」。

大学院を卒業し、博士号を取得した後も、小児の慢性便秘症治療薬の服薬方法など、薬局の現場に即した研究活動を続けています。

「例えば、どうすれば薬が飲みやすくなるかについては、最終的には一人ひとりの嗜好に合わせた提案が必要です。ただ、実際に多くの子どもたちがどのように飲んでいるかをデータとして示せれば、服薬指導の選択肢を増やすことができます」。

日々の業務の中で抱いた小さな疑問を研究によって確かめ、その成果をすぐに患者さんへ還元できることが、臨床研究の大きな魅力だと越野さんは話します。

これまでの経験を、次の世代の薬剤師へ

一人で支えるだけでなく、人を育てる

現在、越野さんは2025年に開局したきむら調剤薬局 丸亀店に勤務し、薬局での臨床や研究活動に加え、看護学部での非常勤講師や、学校薬剤師としての薬物乱用防止教育など、教育活動にも携わっています。人に教えることは、専門的な知識を分かりやすくかみ砕き、相手に伝える難しさを実感する機会にもなっているといいます。

越野さんの次の目標は、これまで培ってきた臨床や研究の経験を若い世代へ伝え、同じように患者さんのために考え、行動できる薬剤師を増やすことです。

「一人の薬剤師としてできることには限界があります。一人が頑張るよりも、自分と同じように臨床や研究に取り組める薬剤師を10人育てれば、社会への貢献は10倍になります。100人育てることができれば、さらに大きな力になります。これからは、自分以上に活躍できる薬剤師を育てるための基礎をつくっていきたいと思っています」。

大学での学びを次のステージへ

「薬学部で学び、研究した経験を卒業と同時に終わらせてしまうのではなく、現場でも続けてほしいと思います。日常業務の中で生まれた疑問を研究し、発信する薬剤師が増えれば、薬局からも質の高いエビデンスを生み出せるはず」と越野さんは若手の薬剤師にエールを送ります。

大学で研究の面白さを知り、大学病院で薬物治療の奥深さを学び、薬局で患者さんの生活に寄り添ってきた越野さん。現場で生まれた疑問を研究につなげ、その成果を患者さんへ還元する。そしてこれからは、その姿勢を次の世代へ伝えていく。薬剤師としての越野さんの歩みと学び続ける姿勢は、一人の患者さんへの支援にとどまらず、薬剤師全体の未来へと広がっていくのでしょう。

(取材実施:2026年7月)
編集:株式会社 医学アカデミー